教宣部員・中田実の
グアテマラ滞在記
〔2010年3月 掲載〕
教育宣伝部員の中田実さんが
中米のグアテマラ共和国より寄稿してくれました
組合活動の合間の、一息つける読み物としてお楽しみいただければ幸いです
連載でお届けします


グアテマラ共和国
 位置/北緯14度〜18度
 気候/亜熱帯型
 広さ/日本の北海道の約1.4倍
 人口/1200万人
 他  /日本ではマヤ文化とコーヒーで知られる

act.1「こちら、グアテマラの中田です」
3月4日
 昨年9月5日に中米のグアテマラから愛子(娘)と明(孫)が来日した。愛子が出産のためだ。12月5日、無事女の子を出産、花(はな)と命名。今年になり花の状態が安定するのを待ちながら帰国を準備、大量の荷物と共に私と妻が付き添って、2月22日、グアテマラに向けて出国した。ロスアンゼルスを経由して2月26日朝(現地時間)、グアテマラに到着した。これからの生活必需品、日用品の調達に3日を費やす。3月1日に初めて観光らしい動きができた。フランツ(娘の夫)の案内でリゾート地プエルトサンホーセ方面に車を走らす。途中、世界遺産でもあるアンティグアで朝食、ホテルマルティタで落ち着く。夜は料理人の出張で現地の料理を楽しむ。翌日午前中、ホテルのプールで孫と遊ぶ。夕方、海辺のイスタパで船と夜景(特に日没)を見て帰る。大型トラックの輸送状況に驚く。

act.2「塗装工事。標高は2000m」
3月5日
 グアテマラ市から車で約1時間のアンティグアには多くの博物館がある。その内の一つ、コーヒー博物館を見学した。コーヒー発見から飲めるまで、多くの人の手にかかり、世界中のコーヒーの事、特に採取する人の苦労話、他興味を持つ。グアテマラのコーヒーは、品質は世界中で第3位、採取量は世界で第5位だそうだ。私はあまりコーヒーに親しみを持つ方ではなかったが、これからは多少気にする様になるかもしれない。

コーヒー博物館にて
バックはコーヒーを乾燥させているものです
3月6日
 娘の友人、藤野晴美さん宅の塗装工事に行く(大きな家だ)。行くと云っても、家族全員で訪問し、私はけれん、養生と塗装を始めたが、隣で大きな焚き火が始まり、灰が降るので工事中止、昼飯を頂いて帰る。一日終る。

3月7日
 昨日の続きの工事。門扉、高さ3m、巾2m×2の物、両面白色。往復自動車で送り迎え、片道約20分、標高2000mの所だ。グアテマラ市は山高地なので、住宅街も高地にある。午後3時工事終了、久しぶりの肉体労働。一日終る。

3月8日
 娘の亭主の案内で、火力発電所見学。グアテマラ市より自動車で約一時間のアマティトラン湖を見学。かなり大きな湖だ。景色も良く、静かで行楽地なのか?(標高約1100m)湖畔にある火力発電所(デュークエナジー)は、現在は稼動中止との事。大きな発電施設から変電施設見学。1時帰宅。昼食をグアテマラ市では上のランクのパンやのレストランで。

発電所見学へ行った際のアマティトラン湖にて

act.3「建築ラッシュでセメント業界潤う」
3月10日
 家のドアを少し直す(ドアの下空をふさぐ)。ブラブラしているうちに日が暮れる。夕食は知人一家が来家。バーベキューを楽しんだ後は、歓談プラスカラオケ。私は外国の歌が苦手で……。

3月11日
 オレンジ狩りに出かける。デュークエナジー社の管理地のオレンジ林だ。管理人の帰郷でカギが開かず、予定変更でパラモス(Parramos)へ向かう。日本の軽井沢の様な所で、花と豆とコーヒーの産地だ。そこのカントリーインのレストランで食事。明は馬に乗って喜んでいる。アルコールは取らず、私には健康的なドライブだ。アメリカのブッシュ大統領の来グァテで、交通規制があるらしい。

はじめての乗馬

3月12日
 家の駐車場のグレーチングが破損部分あり。溶接工事を行う。道具、電力、すべてある。地球の裏側で溶接工事をするなんて……
特別コラム(1)
グアテマラの建築土木事情
〜建築にはあまり木材を使用しない〜
日本と同様、格差社会がはっきり見える。発展途上国を脱却し、発展への努力も強いらしい。
 道路事情も市内は東京都内並み、バスも色々な形式があり、大型トラックの多いこと、やはり自動車社会だ。郊外(市内)へ通じる道路は巾も広く、地づらもきれいで、フリーウェイ(ハイウェイ)は地方と都市を結ぶ大きな役割をしているらしい。こんな所にも、セメント地が多く使われている。又、市内の一部ではあるが、バスの専用道路が出来、ラッシュ時にもバスがスムーズに走る様になっている(都・市電並)。
 住宅事情も、街中(市内中心の近く)建地は庶民には遠いものらしい。条件の良い所は高級アパートが建っている(マンションと言う言葉は使わない)。一戸ごとのスペースも広いらしい。勝ち組?(外国人、日本人も含む)の入っている所?。郊外で新しい小さな家の密集した所を何箇所か見た。同じ型、同じ色の家が何百軒か並んでいる。道路脇の大きな看板も、その住宅販売の広告のものが多い。建物の材料もブロック、セメント、鉄板(浪板、折板他)が多く、木材はほとんど使用しないらしい。道路、住宅建築の伸びで、セメント業界は大きく潤っているとの事。
 賃金については、はっきりした事はわからないが、職人によって差がある。道具、仕事の出来具合などで違うらしい。ただし、特殊技能を持っている人、注文の品を作れる人は、それなりに高い賃金を取れるらしい。木工の職人に多いとのこと。
 又、メイド、ベビーシッターなども、その人と雇う人との話し合いで決めるそうだ。働きたい人は大勢いるらしい。平均で月約2万円位だそうだ。

 3月上旬、グアテマラの世界遺産である「アンテイグア市」を訪れた。グアテマラ市から車で1時間位の所。やや高地だ。現在の首都グアテマラ市の前の首都だった所だそうだ。中米のポンペイとも言われ、コロニア時代に総督府が置かれた古都である。市全体が「世界遺産」に登録されている。16世紀半ばに建設され、広く中米を治めていたが、1773年の大地震(フエゴ火の噴火)で崩壊。都は今のグアテマラ市に移された。いつの頃からか、残された建物他をうまく保存し(制約もきびしいらしい)、良き時代の面影を再現した。大きな教会(カテドラル)を中心に碁盤の目のように道路が整備されていて、道路は石を並べたものだが、がたがたで自動車は走りづらい。壁と塀が目立つが、その中に洒落たレストランや土産店他がある。歩いて見物してもあきない。この日はイースター(?)のパレードがあると聞いていた。道路には大鋸屑と花でじゅうたんを作り、パレードを待っている人達もいた。夜7時頃、そのパレードに出くわした。キリストの受難(大きな十字架をかつがされ坂道を歩かされている)の模造したものを、揃いの衣装を着た信者が担ぎ、楽隊と聖母マリヤの像を修道女が担ぎ、パレードが行われた。光と煙が雰囲気を盛り上げていた。それを多くの信者や見物人(我々)の目を集める。4月の日曜日には多くの教会でこの様な催しがあるらしい。私は外国の世界遺産やこの様なものを二度と見ることはないだろう。このたびの旅行での大きな収穫だった。

アンティグアカテドラル前の広場
浅草のような雰囲気だった
アンティグア市内の様子
グアテマラの民族楽器マリンバ。街中でこの楽器を良く見かけた
聖母マリアの象
夜のパレード
中央はキリストの受難を模造したもの

(最後に)
 遠方よりの文も今はすぐに読んでもらえることに初めて気が付きました。拙文にて失礼。

旅先の作業(地球の裏側で)。遊びも半分
〜グアテマラ滞在記おわり〜
中田 実(なかだ・みのる)
 文京支部第五分会所属、数々の組合役員を務めてきたが、現在は教宣部員として機関紙ぶんきょうの製作に携わる。推定年齢70才前後。明るい性格で駄洒落が冴える、お酒がちょっとだけ大好きなムードメーカー。小石川在住。