《平 和 特 集》
仲間たちの戦中戦後
 〔2007年6月〕
 
昨年よりはじめた平和特集
今年は6、7月に渡って、前編、後編としてお届けします
国民投票法が通った今
仲間の体験談を通じて
日本の現在と未来について考えるきっかけになれば幸いです



中国人のやさしさに礼状 吉田芳三(第三分会)

手に持っているのが中国からの記念品の織物

負けたとは言わず「停戦になった」
 私は昭和19年12月18日に九州で入隊して、中国の南京に連れて行かれました。20年の8月に内地でピカドンが落ちたというのは聞いていましたが、日本が戦争に負けたことは知らず、ずっと勝っているつもりでいました。負けたことを初めて知ったのは11月25日の事でした。ただ、そのことを教えてくれた中国人の女性は日本が負けたとは一言も言わず、「停戦になりました」と言いました。その時、中国には300万人の無傷の日本兵がいましたから、「日本が負けた」となれば軍隊が暴動を起こすかもしれないと思ったのでしょう。部隊から正式に発表があったのはその後のことです。

「あなたたちは、私たちと一緒」
 中国の人々は本当にやさしい人々で、敗戦で給料が減った私たちを気遣い、食べ物をくれたりしてくれました。日本軍の将校に対しては反感を持っていましたが、普通の兵隊に対しては「あなたたちは私たちと同じ」とやさしくしてくれました。また、「50年後にはまた日本と中国で話ができる時が来る」と慰めてくれました。そして昭和21年4月2日に、武装解除された駆逐艦に乗って、佐世保に無事帰ってくることができました。上海から東シナ海に出たところで、命令で憲章や軍隊手帳などを捨ててしまったので、今手元にある戦時中の物は善行証と従軍証明書だけです。

吉田さんの従軍証明書
「昭和21年4月1日善行証書ヲ付興ス」とある
吉田さんの善行証書

北京放送局宛に礼状送り、記念の織物
 それから2年後、ふと思い出して、あの時お世話になった中国に対して礼状を書きました。どこに出していいかわからず、北京放送局宛に「色々お世話になり、嬉しく感じている。おかげ様で無事帰ることができた。また生きているうちに必ず行ってみたいと思っている」と手紙を出しました。すると、「お体をお大事に」と返事があり、記念の織物(敷物)を贈ってきてくれました。
 それは今でも家の玄関に置いてあります。



旧蒲田区の軍需工場で工員生活 高野良夫(第三分会)


13歳、世の中の変わる様が理解できず
 父は町場のタタキ大工でしたが、「もうこのようなご時世では大工では暮らしては行けない世の中になる」といって私を旋盤の機械職人として町工場の仕事に就かせました。
 このとき私は13歳、世の中の変わる有様が理解できませんでした。その後、16歳のときに旧蒲田区(現在の大田区)の軍需工場の指定工場の寮に入り、工員生活を始めました。この時期は、戦意向上とか言って町の中では「来たれ、少年志願兵、少年航空兵、志願募集」のポスターが目立つようになりました。私も一時期、「志願してみようか」とも思いましたが、家庭の事情でやむを得ず志願をあきらめました。しかし、2、3人の友達の工員は志願していき、戦地に行ってその後工場へは戻っては来ませんでした。
 戦争が拡大し工場内では80数人いた男子工員、旋盤工、研磨工が軍の指定工場であっても次々と兵隊に持っていかれ、50数人になって生産が低下し、東北の農家の女性が工場生産に従事するようになってきました。
 45年3月の東京下町大空襲の大惨事に続いて4月には旧小石川の生家が空襲に襲われ、家財を焼失、父母は埼玉の親戚へ、弟2人は東北地方の集落への学童疎開へと行かされ、家族がばらばらになりました。
 続いて5月には京浜工業地帯が空襲に見舞われ、私が工員生活していた蒲田の工場と寮が全焼してしまいました。疎開先の貸工場で工員、家族の無事なことを確かめながら、戦場、戦地ではあり得ることではあるかもしれないが、国内でこのような生命の危機、怖さにあったことに、戦争の「悪」に全身で、また全神経で怒りを感じました。

他国の人を殺傷しなかたことにプライド
 「あなたは軍隊へ行ったのではないですか」と聞かれることがあります。私は「もう一年くらい戦争が長引けば徴兵年齢が繰り上げられ軍隊に引っ張られる年でした」というと「軍隊に取られなくて良かったですね」と多数の人が言ってくれます。中には「軍隊生活が面白かった」「戦地でも良かった」という人もありましたが、その時には私は複雑な気持ちになります。しかし、軍隊に取られず、戦地戦場に行かず、他国の人を殺傷しなかったことを、人間として、プライドを持ってよいと感じています。 空襲警報が鳴り響く中を逃げ回って助かったことが何だったのかを思い起こして「戦争は悪だ」「戦争する国には絶対させない」との気概を持ち続けていこうと思っております。